野村雅夫 フィルム探偵捜査手帳

建物と風景がつなぐ現実と記憶 ~最初の人間~

河原尚子 「茶」が在る景色

生きる

小林哲朗 モトクラ!ディスカバリー

廃墟の冬

ミホシ 空間と耽美

アリスと鍵穴

インタビュー 家元あき さん

(聞き手・進行 牧尾晴喜)

国で多数の住宅照明デザインをてがけるライティングデザイナー、家元あきさん。彼女に、住宅建築における間接照明の手法や、デザインに対する姿勢についてうかがった。

-------まずは、住宅での照明デザインについて教えてください。
家元: 「家のなかでお気に入りの光は?」と尋ねると、「ダイニングテーブルのペンダント」や「寝室のスタンドライト」など、照明の「器具」のデザインの話になることが多いんです。もちろん、照明器具はインテリアのひとつの要素でそのデザインも大事なんですが、純粋な「光」の美しさにも目を向けてほしいなとおもいます。「建築化照明」は、間接照明の光だけが空間に広がる、すごくきれいな照明手法です。

------間接照明などを建築にスッキリと組み込む手法である「建築化照明」は、飲食店や物販店などの商業施設では多いですが、これまで、住宅ではあまり使われていない気がします。
家元: 建築化照明はすごく見栄えがいいのですが、建築自体にも手を加えるため、予算が多少は上がります。住宅では、そこまで光にこだわるひとはまだまだ少ないです。それと、「間接照明は暗い」というイメージもあるようです。ホテルや飲食店などの空間では、かなり調光をかけて明るさを抑えていたりしますので。でも、施工方法を間違えなければとても明るい照明手法なんです。優しくて気持ちいい光ということを知ってほしいですね。

------先日発売された著書『Healing Lighting 建築化照明でつくるグラデーション』についてうかがいます。収まり図面集(施工図面)も掲載されていますが、数多く掲載された写真で、建築家やインテリアコーディネーターだけでなく、一般の方々も気軽に読める本になっていますね。
家元: 設計をされる方がお施主さんとの打合せでも使いやすいように、写真を多くしました。エンドユーザーも空間のイメージがしやすくなりますので。
 執筆にあたって、まずはノウハウを書き出してみたんですが、漫画の週刊誌みたいに分厚くなってしまって(笑)。それだと、ノウハウ本にはなりますが、読みにくいし途中で飽きてしまいますから、ずいぶんと整理しました。
 なるべくやわらかいイメージで本をつくりたいという思いがあったんです。建築化照明の「失敗しそう」や「値段が高そう」といったイメージを払拭して、まずは「やってみませんか?」と。この本の編集のデザイナーさんは照明に関しては素人の女性だったんですが、彼女とも伝わりにくい箇所などについてやりとりしながら進めました。

------一つのテーマに対して、照明の位置だけが違う複数の写真が掲載されていたりして、比較がしやすいですね。
家元: 広い倉庫のなかでセットを組んで撮影した写真もあります。実際の物件だと掲載の許可などの問題もありますし、また、空間のイメージを把握しやすい「引き」の写真が撮れないので。カメラで撮影する側、つまり手前側には壁がないので、昔やっていた「ドリフのコント」のような感じのセットですね(笑)。
 こういう撮影では、4つか5つくらいのセットを順番に、組み立てて、撮影して、壊して、とタイトなスケジュールで進行します。その期間は、倉庫の端の小屋のようなところにこもって作業をします。

------天井の折り上げやフカシ壁の扱いなど、さまざまなノウハウが紹介されています。普段のデザインでどのようなことを意識されていますか?
家元: 空間での具体的な生活を想像し、その生活のなかでの光を考えています。たとえば、ダウンライト一個でも光の印象って変わってくるんです。配灯ひとつひとつの理由も明確にして、デザインをしています。
 それと、わたしが所属するTACTのデザインチームでは、図面はすべて手描きなんです。大学に入ったくらいの時期からだと思いますが、急激なCAD化が進んで、もともと手描きが好きだったわたしは、図面を描くのが楽しくなくなってしまったこともありました。いまはすべて手描きなので楽しいですね。

------そのTACTチームでは、「師匠」や「一番弟子」といった言葉が使われていたりして、ビジネスライクな会社組織という印象がありません。
家元: わたしの師匠であるタカキヒデトシをはじめ、熱い人間が多いですね。
 それと、うちのデザイン課では、イメージしている光(器具)がうちにない場合は他社の商品をつかった提案をしてもOKという方針なんです。たとえば子ども部屋であれば、イメージに合うような雑貨屋さんの照明器具を提案することもあります。「商品(器具)」を売るだけでなく、その商品を使って「光のノウハウ」も提供できる事も特長です。

------建築を志すようになったきっかけを教えてください。
家元: 父親が電機関係の仕事をしているんですが、その父の一番の友人が設計事務所をしているんです。小学校低学年のときにたまたま事務所を訪問して、ドラフターに貼られている手描き図面を見る機会があったんですが、とてもきれいでした。それが、建築を意識したきっかけですね。それからは、週末には新聞広告の間取り図をパジャマで眺めたりしていました。高校から建築の勉強ができるところへということで、工業学校の高等科を受けました。当時はまだ女子がすくなくて、「女子優先」って書いてあったんです。入りやすいかもしれない、という思いもありました(笑)。大学では美術系も含めた建築を学び、建築家の高松伸さんの事務所でアルバイトもさせてもらいました。
 大学卒業後に、設計事務所勤務を経て、いまの大光電機株式会社大阪TACTデザイン課に入りました。

------関西で好きな場所があれば教えてください。
家元: 趣味のひとつがバイクで、四国くらいまでテントを積んで走ることが多いです。子育てが始まってからはあまり乗れていないんですが。
 最近は出張で飛行機に乗ることが増えてきましたが、伊丹空港や関空などで人が行きかうのを見ているのが楽しいです。空の上、あまり高すぎないところで、街を見下ろすときもいいですね。畑や家が見えるのが楽しい。

------これからのビジョンについて教えてください。
家元: 照明に興味をもっているひとはまだまだ少ないです。たとえば新築だと、家が建ったことで盛りあがりますが、夜になって照明を点灯したときに改めていい空間だと感じてもらえるようなデザインをしていきたいです。「照明が必要だから」とか「とにかく明るければいい」といったことではなく、明かりを楽しむような生活をしてほしいと思っています。照明器具だけじゃなくて、光自体を意識して生活してもらえるような提案をしていきたいですね。



2012年11月22日 大阪にて

Healing Lighting 建築化照明でつくるグラデーション
(著)家元あき
発売所:幻冬舎、発行所:大光電機株式会社
2012年7月
 
ペンダントの意匠をいかしたダイニング
『Healing Lighting 建築化照明でつくるグラデーション』より
 
やわらかい光の和室
『Healing Lighting 建築化照明でつくるグラデーション』より
 
既存の梁を利用した『壁フカシ』壁面
『Healing Lighting 建築化照明でつくるグラデーション』より
内装デザイン:菜インテリアスタイリング
 
家元あき(いえもと あき)
ライティングデザイナー。小学生の頃にみた手描きの図面がきっかけとなって建築の世界を志す。大光電機株式会社大阪TACTデザイン課所属。
商業施設等の照明デザインに関わった後、住宅照明の第一人者であるタカキヒデトシを師匠とし、ノウハウを継承。全国で多数の住宅照明デザインをてがける。特に間接照明に定評があり、デザイナー向けのセミナー講師なども務める。
著書に『Healing Lighting 建築化照明でつくるグラデーション』(発売所:幻冬舎、発行所:大光電機株式会社)がある。

建物と風景がつなぐ現実と記憶 ~最初の人間~

あ、私だ。突然だが、アルジェリア戦争をご存知だろうか。1954年、当時フランス領だったアルジェリア全土で民族解放戦線が一斉蜂起したことに端を発し、62年に独立を果たすまでの一連の抗争・衝突を指す。ただ、フランス政府は99年までは公式には「戦争」とは認めなかったこともあるし、とかく時間的にも空間的にも遠い出来事であるからなのか、日本語で当時の状況に接することができる資料も充実しているとは言いがたい。だが、19世紀から始まったヨーロッパ人の北アフリカへの入植により、アルジェリアの内部でどのような立場や考え方が生まれたのか、そしてそれぞれの人々が独立後どのように生きてきたのか、などといった設問は、混沌とした現在の世界情勢を読み解く上でも示唆に富んでいるように感じる。
 では、そんなアルジェリア戦争について手っ取り早く知るにはどうすれば良いか。まずは、イタリア人ジッロ・ポンテコルヴォが監督した傑作『アルジェの戦い』(1966年、ヴェネツィア映画祭金獅子賞)を観ること。そして、入植者の血を引くアルベール・カミュが、自分の原点を意識して著したものの未完に終わった小説を、やはりイタリアの才人ジャンニ・アメーリオがメガホンを取って映画化し、日本ではこれから封切られる『最初の人間』を観ることだろう。不思議と二作とも監督はイタリア人なのだが、客観性を担保するには、フランス人よりも距離が適当なのかもしれない(思えば、カミュの小説の初映画化となった1970年の『異邦人』を演出したのも、イタリアの巨匠ヴィスコンティだった)。
 映画『最初の人間』は、1957年、主人公の作家コルムリ(カミュの分身)が故郷アルジェリアへ向かうところから始まる。独立運動の是非で荒れる出身大学で講演をし、変わり果てた現状を目の当たりにする一方、母親と出会い、地中海を眺め、変わらないものがあることにも気づく。そうして彼は、現実の旅と並行して追憶の旅にも出ることになり、映像も両者を往還し始める。私が目を見張るとともにとても好感を持ったのは、現実と記憶の切り替え方である。映画的な仕掛けは最小限にして、基本的にそのままつないでいるのだ。たとえば、実家のベッドに横になるコルムリ。寝入る前に、ぼんやりと母を眺めている。そして、カメラを切り替えると、姿勢はそのまま、彼はもう少年になっている。こういう手法は、よほどうまく使わないことには、観客に無用の混乱を生むだけなのだが、アメーリオはそのあたりをよく心得ている。鍵は場所と人だ。コルムリがアルジェリアの情勢に触れながら辿る現実の旅と、記憶や伝聞を基にした想像/創造的記憶(覚えているはずのない自分の生誕場面など)。こうした要素を結びつけるにあたって、監督は建物や風景といった空間的要素と、そこに生きた人間たちの存在を接着剤として機能させている。とてもスマートな方法であるし、「抑制のきいた演出」の好例と言えるだろう。
 かくして、来年2013年のカミュの生誕100周年に向けて制作された今作は、イタリア人が監督したかつてのフランス/アルジェリアもの二本と並べても恥ずかしくない出来栄えとなっている。捜査の結果(今回は試写だけでは飽きたらず、わざわざサンプルDVDを取り寄せ、細部を中心に見返した)、公開規模は大きくないが、この懐の深いフィルムの鑑賞を強くお勧めせざるを得ないのが現状である。

※捜査補記 私が知る限りフランス人がアルジェリア戦争を正面から描いた唯一の映画としては、2007年の『いのちの戦場 ~アルジェリア1959~』(フローラン・シリ監督)がある。この60年でたった一本しかないという事実を、あなたはどう受け止めるだろうか。

(c) Claudio Iannone

『最初の人間』
監督・脚本:ジャンニ・アメーリオ
原作:アルベール・カミュ『最初の人間』(新潮文庫)
出演:ジャック・ガンブラン、カトリーヌ・ソラ、マヤ・サンサ、ドニ・ポダリデス
原題:Le Premier Homme
2011年/仏・伊・アルジェリア/フランス語/ビスタ/カラー/105分

12月15日から岩波ホール
12月25日から梅田ガーデンシネマ
その後、順次全国の劇場にて公開

野村雅夫(のむら・まさお)
ラジオDJ。翻訳家
FM802でROCK KIDS 802(毎週月曜日21-24時)を担当。知的好奇心の輪を広げる企画集団「大阪ドーナッツクラブ」代表を務め、小説や映画字幕の翻訳も手がける。

生きる

賀に住んでいたとき
武雄と有田の間にある黒髪山という山によく登った。

薄靄の上にゴツゴツとした荒々しい岩肌がそびえ立ち
おもわず息をひそめてしまうような そんな山だった。

私はその頂上に よく抹茶と器とポットにいれたお湯をもっていき
一人お茶を飲んだ。

確固たる自分が存在し 眼前の風景と対峙した。
ふと思った。
どこでも「茶室」になるのではないかと。

3.11の震災では 石巻にいる友人が被災した。
震災後6月に 被災地を訪れた。
がれきの山。無惨な街。
復興という言葉が遠く彼方へかすんでしまうような目の前の現状。

友人の家に着き 庭から雑草を摘んで生けた。
そして茶を点て みんなでいただいた。
これほどにまで 茶を通して「生きる」ということを
知ったのは初めてだった。涙がこぼれた。

「茶とは」なんて答えは出ない。
でもこれだけは言える。

「茶」は生きてる実感を呼び起こすものではないかと。
ゆるい紐を編んだように構成された この世界を
もう一度 お互い引っ張りあって存在を確かめることなのではないかと。
目をつぶって 風を感じた。
そこには命があった。

河原尚子(かわはら・しょうこ)
陶磁器デザイナー/陶板画作家
京都にて窯元「真葛焼」に生まれる。
佐賀有田での修行を経て陶板画家として活動を開始。
2009年、Springshow Co.,Ltdを設立。同年、陶磁器ブランド「sione」を発表。

廃墟の冬

れ窓から入り込むのは冷たい空気と枯葉だ。冬の廃墟は使われている建物と違い、厳しい環境になる。普通の家ではまず屋内にこれだけ落ち葉が入り込むことはありえない。さらに屋内と屋外の気温差も少ないので、上着を脱ぐこともかなわない状況も多々ある。
 しかし厳しいことが多い分、良いこともある。冬の初めは紅葉が美しく、割れ窓とのマッチングは写真にするとより良くなる。刺すような冷たい空気は、緊張感を高め撮影時の集中力を増す効果もある。

小林哲朗(こばやし・てつろう)
写真家
廃墟、工場、地下、巨大建造物など身近に潜む異空間を主に撮影。廃墟ディスカバリー 他3 冊の写真集を出版。

アリスと鍵穴

味心で覗き込み、縦穴に落ちる前のアリスの気分だ。


鍵穴が言った。
私を開けてくれたら、この先の世界に行ける。
だから早く私を開けて、と。

縞模様の猫が言った。
早く先に進まないと後悔するよ。
きみも世界も待ちくたびれているんだ、と。

鍵穴はとても魅力的にみえた、黒い穴の中の先がとても気になった。
そこに何が待っているのだろうか?気分が高揚する。

大人になってもその気持ちを忘れないで、そう影が言った。

ミホシ
イラストレーター
岡山県生まれ、京都市在住。イラストレーターとして京都を拠点に活動中。
抒情的なイラストを中心に、紙媒体・モバイルコンテンツなどのイラスト制作に携わる。

第1回

 講談師
 旭堂南陽

第2回

 フォトグラファー
 東野翠れん

第3回

 同時通訳者
 関谷英里子

第4回

 働き方研究家
 西村佳哲

第5回

 編集者
 藤本智士

第6回

 日常編集家
 アサダワタル

第7回

 建築家ユニット
 studio velocity

第8回

 劇作家/小説家
 本谷有希子

第9回

 アーティスト
 林ナツミ

第10回

 プロデューサー
 山納洋

第11回

 インテリアデザイナー
 玉井恵里子

第12回

 ライティングデザイナー
 家元あき

カバーインタビュー: 聞き手・進行 牧尾晴喜

連載1: 野村雅夫 フィルム探偵捜査手帳

連載2: 河原尚子 「茶」が在る景色

連載3: 小林哲朗 モトクラ!ディスカバリー

連載4: ミホシ 空間と耽美

第1回

 建築家
 藤本壮介

第2回

 書容設計家
 羽良多平吉

第3回

 漫画家
 羽海野チカ

第4回

 小説家
 有川浩

第5回

 作庭家
 小川勝章

第6回

 宇宙飛行士
 山崎直子

第7回

 都市計画家
 佐藤滋

第8回

 作家
 小林エリカ

第9回

 歌手
 クレモンティーヌ

第10回

 建築史家
 橋爪紳也

第11回

 女優
 藤谷文子

第12回

 ラッパー
 ガクエムシー

カバーインタビュー: 聞き手・進行 牧尾晴喜

連載1: 野村雅夫 フィルム探偵の捜査手帳

連載2: 澤村斉美 12の季節のための短歌

連載3: 小林哲朗 モトクラ!ディスカバリー

第1回

 イラストレーター
 中村佑介

第2回

 書家
 華雪

第3回

 華道家
 笹岡隆甫

第4回

 小説家
 森見登美彦

第5回

 光の切り絵作家
 酒井敦美

第6回

 漫画家
 石川雅之

第7回

 ギタリスト
 押尾コータロー

第8回

 プロダクトデザイナー
 喜多俊之

第9回

 芸妓/シンガー
 真箏/MAKOTO

第10回

 写真家
 梅佳代

第11回

 歌人
 黒瀬珂瀾

第12回

 演出家
 ウォーリー木下
   

カバーインタビュー: 聞き手・進行 牧尾晴喜

連載1: きむいっきょん(金益見) ラブ!なこの世で街歩き

連載2:  野村雅夫式「映画構造計画書」

連載3: 【連載小説】 ハウスソムリエ 寒竹泉美