連載 第10回 2007年1月号

流転のシルシ、その行方! 〜各都市が舞台となっている映画〜



「僕は、自分の人生の運転席に座っていたいんだ。」
「誰しもが星で、輝く権利があるのよ。」


人生の「真実」を求める文学や映画の世界の人々の言葉には、「事実」を求める科学者のそれとは、違う種類の重みがあります。他人にとっての真実は自分にとって記号論的な意味しか持たないと知りつつも、その重さが、私たちを映画館へと通わせます。映画の醍醐味の一つは、そんな風にして、日々の生活で捨象しつつあるモノを呼び覚ますことでしょう。

今回は、流転する日常と非日常の境界の一コマで、映画コラムをお楽しみください


一級建築士事務所 スタジオOJMM
代表 牧尾晴喜

   *冒頭の言葉は、2文とも原文は英語。ここでは、大意を表記。順に、
    レオナルド・ディカプリオ、
ノーマ・ジーン(マリリン・モンロー)の発言。




「Regen レーヘン (雨)」: ヨリス・イヴェンス

松野早恵
オランダ
ユトレヒト
風を水に放す
オランダで開催される映画祭といえばロッテルダムのものが有名ですが、もう一つ忘れてはならないのが、アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭。昨年の期間中(11/23〜12/3)、私が楽しみにしていたのはヨリス・イヴェンス(1899−1989)監督「雨」のリバイバル上映でした。ところが、チケットは売切れ。1929年公開、わずか13分のモノクロ無声映画ですが、今でもファンを惹きつけてやまない傑作です。
あきらめきれない私は、結局、映画博物館でビデオを鑑賞しました。男性がふと天を見上げ、手を伸ばす。そして、コートの襟を立てて足早に去る。彼の何気ない仕草が作品の幕開けを告げ、その後、カメラは表情豊かな雨の姿を追います。次第に強くなる雨。運河に広がる水紋。窓をつたう雫。水を跳ねて進むトラム。行き交う通行人の傘、傘、傘。ある雨の一日を丁寧に撮影したかに思える本作品ですが、実は、イヴェンスが1ヶ月間アムステルダム市内でカメラを回したことが分かっています。音もなく、色もない。それなのに映像を見ていると、生き生きとした雨の情景が浮かび上がってきます。その日、帰り道の空は雨模様(写真)。でも、映画のおかげで、この薄暗い天気がいつになく美しく見えました。



星空の下のスターたちStelle sotto le stelle


野村雅夫
イタリア
ローマ
大阪ドーナッツクラブ
映画館では左後方の席を定位置と決め込んでいる。その辺りからだと、銀幕に映る煌びやかなスターだけではなく、暗闇にうごめく観客の姿も視界に入ってくる。「映画を観る人を見る」というのが、僕にとっては映画館で映画を鑑賞する醍醐味なのである。ローマ市内には大小あわせてざっと100館くらいの映画館があって心躍るのだけれど、夏場には臨時の野外上映が催されるので心の躍りも否応なくヒートアップする。暗くなるまで待てない。僕が通った会場は近所の小学校の校庭で、なんとスクリーンは3つ。即席映画館とはいえ、いっぱしのシネマコンプレックスなのが面白い。イタリアは夏時間制を敷いているので、本格的に暗くなるのは9時頃だ。それから丑三つ時まで毎晩3本の作品が日替わりで上映される。いつも通り最後部の座席に陣取るものの、そこから見える光景はいつもとは違っている。天井も壁もない会場のせいか、どことなく観客にも開放感がある。そこかしこで葡萄酒や麦酒のコップが傾けられているし、あちこちから紫煙が立ち上っている。ストーリー展開に人々が一喜一憂している。映画を夢に例えることがあるけれど、この夏の風物詩はまさしく夏の夜の夢だった。



“オーストラリア”映画

寺西悦子
オーストラリア
ブリスベン
♪Air Mail from Brisbane♪
もう半年ほど前のことになるが、せっかくオーストラリアにいるのだから、豪国映画が観たいと思っていた頃、豪国映画史上初といわれる先住民族アボリジニの物語の映画が公開された。“Ten Canoes”という題名で、さっそくクラスメイトと観にいった。画期的なことは、映画のすべてが、アボリジニの出演で、その部族の言葉に英語の字幕がつくこと。監督はアボリジニではなく、オランダ生まれのオーストラリア人(8歳の頃に移住)Rolf de Heer氏。オーストラリアから切っても切り離せないアボリジニの存在を映画化したことは、意義深いと思う。ユーモアあり、美しいオーストラリアの大自然を感じることができる。アボリジニの伝統文化や暮らし、部族について、オーストラリア人(白人)を始め、外国人のアボリジニへの理解が少しでも深まるといいね、と一緒に観にいった友人と語り合った。そして、つい先日、この映画はオーストラリア映画界の賞を6つ部門で受賞した。この映画の国内での人気が伺える。実際、この映画がどこまでアボリジニ社会との関係に影響を及ぼすのか、今後、注目されるところである。



ネーバー♪エンディング♪ストーーリィー♪

ユゴさや香
ドイツ
フランクフルト
明けましておめでとうございます。皆さんはどんな年末年始でしたか。
日本で正月を迎えた私は、実家で小学校の卒業寄せ書きを発見!懐かしく見ていると、プロフィールに好きな映画を書く欄があった。ダントツ人気が「ネバーエンディングストーリー」。当時は同年代だった主人公の大冒険。犬顔の龍ファルコンが空を駆け巡り、テーマソングが高々に流れる。これが私の初ドイツ映画。そして大学時代。「ランローララン」というドイツ映画が話題に。赤毛のヒロインが全力疾走する映像は今でも印象に残る。ドイツで初めて見たドイツ映画は「グッバイレーニン」。壁崩壊前後のベルリンの様子をユーモアを交えつつ描きながら、ほろ苦い後味を残す。
ドイツの映画館では、ドイツ語吹替えが主流。ハリーポッターも007もドイツ語を話す。違和感があるので、映画を見る場合は市内で唯一、原語上映の映画館に行く。目の前に古い塔が建つこの映画館。映画が終わって外に出ると、古の物見台が優しく現実世界へ連れ戻してくれる。
日本映画も意外に人気で、フランクフルトでは毎年日本映画祭が開催される。他にインド映画も人気があり、ボリウッドイベントも多数開催されている。



印流ブーム・その後

映画の聖地
ボリウッド最大級のシネコン

豊山亜希
インド
ムンバイー
(旧名ボンベイ)
インドにインド映画というものはない。多言語国家ゆえ各地方語圏に映画産業があり、例えばムンバイー拠点のヒンディー語映画「ボリウッド映画(ボンベイ+ハリウッド)」と、南インド・チェンナイ(マドラス)拠点のタミル語映画「モリウッド映画(マドラス+ハリウッド)」は、日本映画と韓国映画くらい異なる。
10年ほど前に『ムトゥ・踊るマハラジャ』が日本で一瞬ブームになったことは、インドでもよく知られている。『ムトゥ』は厳密にはモリウッド映画だが、ボリウッド側に言わせると、モリウッドは極めてダサいらしい。確かにモデル風美男美女揃いのボリウッドスターに比べ、モリウッドスターはそこらにいそうな髭親父、またギャグシーンに「ボヨヨ〜ン」など、今どき新喜劇以外にあり得ない効果音が入ったりして、観ていて少々照れ臭い。
ムンバイカルが「モリウッドがインド映画だと思われては困る!」と訴えてくる一方、常々ヒンディー語圏に対抗心を抱く南インドのモリウッドファンは「日本では我がタミル語映画が人気らしいな!」と大喜びである。個人的にはボリウッドに軍配を上げるが、そういう時は日本人特有の微笑で応え、日印友好に貢献することにしている。



Japanese Movie


(C)Tezuka Productions

Simon Nettle
日本
大阪
My Amazing Life
For me, the Japanese film experience has not altogether been a satisfying one. While I greatly enjoy many Japanese films, I feel that culturally, film in terms of what we get from ハリウッド has not found great representation by Japan compared with other industries withinアジア, such as that produced by 香港 orインド. This is perhaps evidenced by the overwhelming prevalence of ハリウッド movies when one visits a video library in 日本, as compared to local offerings, which seem to be marginalized and not particularly popular.
As opposed to a fascination with the west, I think this can be attributed to a dearth of high production standard movies from the Japanese film industry. Japanese actors are also under-represented on the world stage compared with the Chinese. I have never really come across an adequate explanation for this phenomenon, and it is interesting that when one visits the foreign movie section of video stores in the west, 95% of Japanese titles are animated.
While there are plenty of movie theaters in 日本, there seems to be little in the way of a ritualized attendance. It was typical in the recent past for families in the west to go to the cinema on a weekly basis, and many people still do so. Cinemas in Japan seem less comfortable, are more expensive, and lag behind the rest of the world when it comes to the release of new movies - Japan appears to receive movies one or two months later than everywhere else in the world, including the rest of アジア.
All these aspects, and many more come together to create a poor environment for the Japanese film industry, and since these issues are deeply rooted in Japanese tradition, aren't likely to change any time soon! In the meantime, I'll continue to watch the occasionally very pleasing offerings in the genres of TV ドラマ and アニメ.



ナイジェリアン・ムービー


澤恵子
ガーナ
アクラ
ガーナには日本のような映画館はない。ただ、大きいテレビを置いてビデオで映画を流すという映画箱はある。VCDとして流通もしている。映画で最も人気があるのが「ナイジェリアンムービー」近隣国ナイジェリアから輸入される映画である。
ナイジェリアンムービーはとにかく俳優が大いに笑い、大いに怒り、大いに泣くという大変わかりやすい筋のものがほとんど。夫の浮気に気付いた妻が夫に毒を盛ろうとして、その子どもが飲んでしまい妻は一生後悔して暮らすという悲しい物語や、裕福な家で家事に従事している貧しい家の子どもが、庭の土を掘り大金の入ったバッグを手に入れて家族みんなが平和に暮らすという物語等、ネタは尽きることなく製作され、多くの人に愛され続けている。
英語で演じているので、ガーナ人にも理解できるのだが、時々ナイジェリアの民族語が出てきておもしろい。それでも筋を追っていれば理解できるので問題ない。最近ではこのナイジェリアンムービーを模したガーニアンムービーも製作され始めている。ガーナに映画館が出来るまでにはまだ時間がかかりそうだが、出来たらきっと客も俳優と同じように大いに笑い、大いに怒り、大いに泣くのであろうなと思う。



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