アサダワタル 日常再編集のための発明ノート

「他人様の非日常性を拝借する働き方」について考える

寒竹泉美の月めくり本

長月本 :『マダム・キュリーと朝食を』 小林エリカ

野村雅夫 フィルム探偵捜査手帳

さまよいの美学 ~グレート・ビューティー/追憶のローマ~

真子 レシピでつながる世界の景色

ハルミチーズのBBQ(タスマニア)

風戸紗帆 建築素人のデザイン体験記

ウェブデザインを体験するの巻

インタビュー いしまるあきこ さん

(聞き手/牧尾晴喜、原稿構成/風戸紗帆)

「建てたがらない建築士」として、建築という枠にとらわれない幅広いジャンルの活躍で注目を集める、いしまるあきこさん。きっかけ屋・一級建築士という肩書きで、建築的"きっかけ"づくりをしているという彼女に、さまざまなお仕事の概要や今後のプロジェクト展開についてお話をうかがった。

-------いしまるさんは「建てたがらない建築士」ということで、珍しいですね(笑)。どういった経緯で?
いしまる: 大学に入る前の年に、同潤会代官山アパートの画を描きに行ったんです。住んでいる方に中を案内していただく機会があって、その時に「この建物が壊されたあと、これになるんだよ」と、マンションの大きな模型を見せられて……なんでこんなに素敵なところを壊して新しく建てるのだろうと、強く疑問に思ったのが原点です。
 その後、大学3年の冬に、同潤会青山アパートの保存活動を呼びかける動きがありまして、それに参加するようになりました。その頃から、既に建っている建物を壊してそこに新しい建物を設計するというのが、学校の課題ですら難しくなってしまったんです。それからずっと悩み続けて、「建てたがらない」状態です。(同潤会アパートは1923年の関東大震災の復興住宅として建てられた鉄筋コンクリート造の集合住宅。東京・横浜に16箇所あったが、全て現存しない。)
 建築事務所に勤務していた時には、幸いにも、私が関わった新築の物件は、長い間、駐車場や空き地だった場所で何かを壊してから建てるということはありませんでした。

-------具体的なプロジェクトについてうかがいます。まずは『Re1920記憶』について教えてください。
いしまる: 『Re1920記憶』は、リノベーション・1920年代・同潤会アパートをテーマに全国のリノベーション建築を"旅"する展示イベントです。これをスタートする前の2002年から10年間、同潤会アパートの展示をしていました。
 大学院2年生のときに、同潤会青山アパートメントが解体されることが決定したのを受けて、自分なりに何かできないかと『同潤会記憶アパートメント』という展示を始めたんです。アパートの中でアパートの展示をして。最初は1回で終わるつもりだったのですが、来場者の方にアパートへのメッセージを書いて頂き、それをたくさん預かるうちに、アパート解体後の新しい建物にも伝えないといけないと思うようになり、展示を続けて、2006年に表参道ヒルズで5回目の展示をしました。自分にとってはそれが一つの区切りで、その後、展示の方向性に悩んでいたのですが、2007年、大阪・船場の芝川ビルに偶然出会い、同潤会青山アパートと同じ年生まれの建築が、大阪ではこんなに活き活きと使われているというのを知って驚きましたし、多くの方に知ってもらいたいと思いました。2008年には芝川ビルで同潤会アパートと芝川ビルを比較する展示をしました。東京では消えて、大阪では活かされようとしている、と。それまでは、同潤会アパートのことだけ伝えていたのですが、全国の活かされようとしている素敵な建築を自分自身が知って、それを紹介していこうと思うようになりました。これが『Re1920記憶』のコンセプトにつながっています。
 一般の方にとって一番身近な建築は、自分の住まいだと思います。自分の住まいを手入れしていくことから始めてほしいという想いがあるので、全国でセルフ・リノベーションに取り組む『リノベ女子』たちと『リノベ女子』トークというインターネット中継番組をしたり、それに役立つモザイクタイル貼り、棚づくり、漆喰塗り、間取りを考えるワークショップなどをしています。これらが入口となって、古い建物に特別な興味がない人にも建築に興味を持って頂けたらと思ってやっています。

-------『リノベ女子』の代表でもありますし、実際に賃貸マンションを2年間こつこつとリノベーションした『つくるーむ』の様子も映像で公開しておられますが、『つくるーむ』では、楽しさとともに苦労はありましたか。
いしまる: 一般的に、建築士は図面を描いても、実際に建築を造るということはないです。私も、のこぎりすら握ったことがなかったですけれど、まずつくってみようと、"創るために住みました、住むために造ってます"というコンセプトで『つくるーむ』を始めました。まず、セルフ・リノベOKな物件を探して引っ越しました。セルフ・リノベって力仕事もあって大変だし、仕事のように期限がないので、作業がついつい止まります。日中は仕事をして、夜中にこつこつと壁紙はがしとかをやって、結構しんどいなって。結局、2年くらいかかりました。(笑)。
 完成して、オープンルームをしましたが、1日で80人もの方がいらっしゃいました。ほとんどが建築を専門とされていない方で、多くの方がセルフ・リノベに興味を持っているのだなと実感しました。
 実際にセルフ・リノベをしてからは、図面を描くときにも、ここを壊すと大変だろうなとか、ここの処理はどうするんだろうかとより考えるようになりました。余談ですけれど、建築学科でも解体の授業をやるべきだなと思っているんです。壊せばいろいろ知ることがあるじゃないですか。こうやって建築はできているんだなとか。図面の一本の線にどれだけの意味があるのか、実際に解体するだけでよく分かると思うし、実感と繋がってくるというのはあると思います。

-------日本建築学会の機関誌『建築雑誌』では『未来にココがあってほしいから ~名建築を支えるオーナーたち~』を連載されています。
いしまる: 『建築雑誌』の編集委員をつとめる中で、連載も担当させて頂いていまして、名建築の名オーナーさんのインタビュー記事をまとめています。未来に残ってほしいと思う建築が残るためには、まず、オーナーさんが残したいと思わないと残りませんし、オーナーさんの苦労をまわりも理解しないといけないなと思っています。建築がそれぞれ違うのはもちろん、オーナーさんはそれぞれ考え方や年代、立場や事情も全然違っているのですが、いろいろなヒントをお持ちです。そういったヒントや助言を、次の世代につなげたり、名建築にかかわるエピソードを引き出したいなと思っています。

-------いわゆる「建築」以外のお仕事もいろいろと手がけておられます。
いしまる: 「建てたがらない建築士」なので、建てる仕事はあまり頼まれない代わりに、一般的な建築士の方と全然違うお話をいただくことがあるんです(笑)。アーティストマネージメントをやったことがありまして、アーティストから全国ツアーのコーディネートをしてほしいと頼まれたのが最初です。「もんしぇん」という映画に登場する人や関係する土地をまわって音楽と映画を届けるお礼のツアーです。具体的な場所やイベントをコーディネートしました。単純にどこかのホールやライブハウスを借りるのではなくて、大阪であれば築港のビルの上や、京都では神社で開催させてもらったり、地元の方と協働で北海道から九州まで全国30カ所で開催しました。玉井夕海さん(うた)・かりんさん(25絃箏・うた)のふたりの全国ツアーの後も様々なご縁がつながっています。
 そのほかには、ラジオやテレビ番組の企画・制作などもしたことがあります。先ほどの全国ツアーで作成した"旅のしおり"を気に入ってもらって声をかけて頂きました。やっていたことは、いわゆる"構成作家"で、番組コンセプトを考えたり、原稿を書いたり、ゲストブッキングを東京や名古屋のFMラジオ局やBS放送のテレビ局の番組でしていました。このとき頼んでくださったのがイー・エー・ユー株式会社の林さんという方なんですが、自分の家を建築家に設計してもらったことがあったそうで、建築家の構成能力を信頼してくださっていて。実は、それまで私はラジオをほとんど聴いたことがなかったのですが、「中途半端に知っているよりは、全く知らない人の方が良いから」と、言って下さって。業界を常に良くしたいと思っている非常に頭がやわらかい方です。

-------建築を通じて身につけたことで、アーティストマネージメントや編集など他の仕事でも役立ったと感じることは?
いしまる: ひとつは、建築やデザインをしている人って、いろんなパソコンのソフトを使えるじゃないですか。それが役に立ちました。映像や音楽の編集などの新しいソフトも、割とすぐ使えるようになりますし。もうひとつは、プレゼンテーションなどで相手に伝える能力ですね。建築の図面や画などで建物を表現してコンセプトを伝えるという訓練は異なるジャンルの仕事でも役立ちます。それに、建築は様々な条件や素材、要望など、いろいろなことをまとめないといけないですから、そういう意味では「編集」の能力が鍛えられるのだなと感じます。
 学校での訓練のほかに、学生の時から展示イベントを主宰しているので、展示に関わるあらゆることを……例えばチラシやWebサイトを作ったり、宣伝したり、運営したり、企画したり、人前に立って話したり、全てしているのでそれらも仕事につながっています。

-------子どもの頃の自分を振り返って、今の仕事に繋がっているなと思うことはありますか?
いしまる: 建築を志したのが中3の時なんです。その前は、獣医さんと考古学者になりたくて。考古学者は、遺跡とか古いものを見たり、大昔を想像することが好きだったのでいいなと感じていたのですが、女性が活躍するのはなかなか難しそうだな、趣味ぐらいにしておくのがちょうどいいのかなと思いました(笑)。獣医さんは、小さい時から動物が好きだったので憧れていたのですが、獣医さんが扱う動物は当時はペットくらいしか思い浮かばなくて。そうすると私には飼い主の心のケアができそうにないから難しいかなと。そういうことを考えていた頃に母に建築をすすめられて、志すようになったんです。間取り図を見るのが好きだったのと、手先が器用で、美術が得意だったから向いていると思ったんでしょうね。小学生の時にはテレビをよく見ていたので、CM制作に憧れたり、時代劇が好きでずっと見ていました。文具や雑貨も好きで、小さいかわいらしいもの、デザインが優れたものが素敵だなと思っていました。今やっていることと全て繋がっていると思います。

-------今後のビジョンは?
いしまる: 去年から、猫を保護して育てているのですが、すっかり猫バカになってしまいまして(笑)。猫と楽しく暮らせる、猫と飼い主のための賃貸住宅を羽田につくろうとしています。ものすごく小さな木造2階建ての住宅を買って大家さんになりまして、セルフ・リノベしているところです。猫が喜ぶから飼い主も喜ぶ、猫が楽しく動きまわれる家をつくろうと思っています。子供の頃から動物大好きだったことや、考古学好きだったことが全部混ざって今になってますね。
 もうひとつは、まだ具体的ではないですが、『全国リノベ女子化計画』という、全国に『リノベ女子』がいて、各地域の人をいろいろと手伝えるようにしていけたらいいなと思っているんです。



■ 今後の予定
いしまるさんが企画・登壇するイベント情報やいしまるさんが登場する新著情報です。

9月22日(月) 日本建築家協会JIAトークで、漫画家・松本零士さんを講師に迎えてお話し頂きます。JIAトーク2014・第2回「子供の頃の思いが、未来を創り、次の世代へ繋がっていく」(松本零士)

10月31日(金) HEAD研究会フロンティアTF主催、連続シンポジウム「HEAD建築大学~みんなと考える、これからの建築と教育~」第二回では、仮想の大学、HEAD建築大学で行いたい、一般の方と建築の専門家をつなぐ「一般教養」について考えます。こんな授業を受けたい・したいをプレゼンするのは、アサダワタルさん(日常編集家)、池本洋一さん(SUUMO編集長)、田中元子さん(mosaki)。いしまるは、司会・プレゼンターとして登場します。

9月17日発売 「2025年の建築「七つの予言」」HEAD研究会フロンティアTF編著(日経BP社)では、HEAD研究会の1年目で開催した連続シンポジウムが書籍になります。いしまるは、最後の章に登場します。

9月末発売予定 アサダワタルさんの新著「コミュニティ難民のススメ」(木楽舎)で、いしまるが紹介されています。



『同潤会記憶アパートメント』Vol.1の様子。靴を脱いであがってもらい、まるで友達の家に遊びに来たかのようにくつろぎ、同潤会青山アパートを体感してもらった。撮影:いしまるあきこ
 
2014年7月に開催した『Re1920記憶』in 石巻の様子。東京から連れて行った愛猫3匹も来場者を出迎えた。撮影:オフィースYUKIMATSU
 
『Re1920記憶』in 石巻でも、『同潤会記憶アパートメント』と題して、写真のほかに2002年から2003年に預かったメッセージを展示。建築が消えていくというのはどのようなことかを様々な人々の当時の"ことば"を通じて伝える。撮影:オフィースYUKIMATSU
 
『Re1920記憶』in 石巻では、「観慶丸の記憶」と題して、石巻市内に建つ311にも被災したが、保存・活用されることが決定した旧観慶丸商店(1930年竣工)の"記憶"を石巻市民の方にチェキの姿写真と共にことばを綴って頂いた。制作には、石巻市内在住・出身者の方の協力を得ている。撮影:オフィースYUKIMATSU
 
『リノベ女子』マップ。全国にいるリノベ女子、さらに集まれ!
 
『リノベ女子』として、様々なセルフ・リノベを実践。一般的な壁紙が貼られたトイレを総タイル貼りへ。
 
『建築雑誌』2014年1月号。連載の意図などを書いた。2月号からは、名建築の名オーナーのインタビュー記事が続く。
 
2014年1月、名古屋で開催された第23回「わたしらしい住まいづくり」で「建築的かけざん~マイ・リノベーションのいろはに~」と題したレクチャー&ワークショップの講師をつとめた様子。主催・撮影:愛知建築士会女性委員会
 
いしまるあきこ
きっかけ屋・一級建築士。『いしまるあきこ一級建築士事務所』主宰。『Re1920記憶』主宰。『リノベ女子』代表。1978年生まれ。
建築の枠にとらわれず、さまざまなものをつなぐ建築的"きっかけ"づくりを行っている。過去にラジオ・テレビ番組企画・制作、アーティストマネージメントにも携わった経験を活かしている。
古い建物の活用方法を探りながら旅する展示イベント『Re1920記憶』を展開。今までに、北九州・福岡・東京・大阪・石巻で開催。
『リノベ女子』代表をつとめ、全国にいるセルフ・リノベに取り組む女子たちの活動を発信し、セルフ・リノベに取り組む人のはじめの一歩を応援中。自身で賃貸マンションの自宅兼事務所を女子ひとりでセルフ・リノベするプロジェクト『つくるーむ』を2013年発表。写真は『つくるーむ』にて。撮影:オフィースYUKIMATSU
 

「他人様の非日常性を拝借する働き方」について考える

は現在、滋賀県大津市の琵琶湖の畔から徒歩30秒くらいのところに住んでいる。家のすぐ横には地元の市民会館があり、週末は様々なイベントに多くの人たちが訪れている。また、琵琶湖の畔は「なぎさ公園」という名称で綺麗に整備されていて、週末を中心に花火があがったり、地元のお祭り、音楽やグルメ関連のイベントなどが目白押しだ。特に夏場はほとんど毎週何かしらのイベントが開催されていて、一歩家を出れば、スピーカーから司会の声や生演奏の音が聞こえてくる。さらに、公園の南側には大きなホテルや観光船の出航場も。真っ青な空と湖をバックに浮かぶ白い「ミシガン号」の姿はなかなか美しい。と、なんだか地元自慢のような導入になってしまったが、とにかく家の近所はなかなかの観光・レジャースポットなのだ。

大阪から此の地に転居して約2年3ヶ月経ったが、おそらく今年の8月はこれまでで一番大津に滞在していた。なぜなら仕事のほとんどを執筆業に費やしていたため、出張やイベント出演を控えていたのだ。最初は家で仕事をしていたのだけれども、ずっとそればかりでは集中力は途切れてしまうもの。時に湖岸を散歩し、時に近所のカフェに立ち寄りと、気分を変えながら執筆を続けていたのだ。でもそれもなんだか飽きてきたなぁと思っていたある日、なぎさ公園のベンチで本を読んでいたら、男女30人ほどのシニア世代の団体客が口々に「いやぁ、比叡山が綺麗やったなぁ」とか「もっと北の方(この近辺は滋賀の南のエリアだから)だとどんな景色なのかしら」とか「京都もいいけど滋賀もなかなかのものだな」などと言いながら、僕の前をゾロゾロと通り過ぎていったのだ。どうやらミシガン号に乗った感想を言い合っているらしい。その時、改めて思ったことがあった。それは「そうか、この環境は僕にとってはもはや日常だけど、多くの人たちにとっては非日常なんだなぁ」というごく当たり前のことだった。そしてそう思えた瞬間、なんだか自分の気持ちが少し晴れ渡ったような気がしたのだ。

僕はあるアイデアを思い付いた。散歩やカフェで解消されないこのマンネリ感を取っ払って楽しく仕事を続ける方法。それは「他人様の非日常性を拝借する働き方」だ。僕は、ミシガン号の待ち合わせ場所で談笑する観光客に交じって、そのベンチに座りながらノートPCを開いてカチャカチャとやり出した。見えているのはいつもと同じ琵琶湖なんだけど、周りのテンションがまるで違う。彼ら彼女らが感じている非日常性が僕の終わりなき日常をやんわり緩和してくれる気がするのだ。また別の日には、近所の「びわ湖ホール」のカフェで仕事をした。その日はこれから藤井フミヤの「TRUE LOVE」ツアーが始まる予定。妙齢(失礼!)の女性たちがフミヤ話に華を咲かせているその非日常感のなかで、こっちはひたすらカチャカチャカチャカチャ。これが意外と捗るのだ。もちろん自分自身が知らない土地に行ってダイレクトに非日常性を獲得した状態で仕事をすることはできるだろう。でも、その時はやっぱり普通に遊びたいもの(当たり前だ)。そうではなく日常の延長線上で絶妙に非日常性だけを借り、まるで(喩えはあまり良くないけど)「焼き肉の匂いだけでご飯何杯でもいけます」と言わんばかりの方法でもって、日常をなんとか前に進める。こういう発想も使えるのではないかと思ったわけなのだが、読者の皆さんはいかがだろうか?


(イラスト:イシワタマリ)

アサダワタル
日常編集家/文筆と音楽とプロジェクト
1979年大阪生まれ。
様々な領域におけるコミュニティの常識をリミックス。
著書に「住み開き 家から始めるコミュニティ」(筑摩書房)等。ユニットSJQ(HEADZ)ドラム担当。
ウェブサイト

長月本 :『マダム・キュリーと朝食を』 小林エリカ

「あの日」、わたしは、自分の無力さを思い知り、物書きなんて何の役にも立たないじゃないかと絶望し、沈黙し、ひとりの市民としてできることを探した。わたしたち物書きの出番はまだずっとあとなのだ、と思った。すべてが落ち着き、長い時間が経ったあと、わたしたちは、人々が忘れないように、もしくは失ったものを埋めるために、物語をつむがなくてはならないのだ、と。

そして3年半の月日があっという間に経ってしまった。放射能に汚染された街から追い出された人たちに心を痛め、飛んでくる放射線におびえ、原子力発電という誰かの犠牲の上に成り立った人間の手に負えない巨大な力を運営し続けていくことに疑問を抱いていたわたしは、今では、平和な日々を謳歌し、いまだ家に戻れない人たちを意識の外に追いやり、電力会社の前でデモをしている人たちからそっと目をそらし、日々を送っている。

いつかは書かなきゃならない。ちゃんと向き合わなくちゃならない。でも、まだ消化しきれてないし、もっといろいろ調べなくてはならない。でも、やらなきゃいけないことは山積みになっている。だからまだ時期ではない。そんなふうに思っていたわたしは、この本を読んで言い訳の言葉を失ってしまった。あまりに直球で書かれた物語だったからだ。


マダム・キュリーと朝食を
定価:本体価格1404円
出版社: 集英社 (2014/7/14)

この本の主人公の1人(1匹)は、放射能に汚染されて無人の都市になった<マタタビの街>から助け出されてきた猫である。この物語に出てくる猫たちは、人間と違って、放射線を光として見ることができる。主人公の猫にとって、光に満ちたマタタビの街はなつかしく美しい故郷である。天国のような憧れの場所である。だから、この猫は光を探してさまよいつづけ、光を放つ食べ物を好んで食べて、自らも光り輝く猫となる。

物語はこの猫の視点を借り、それから猫がタイムスリップしてまた別の猫の中に入って語り、人間の女の子の視点でも語り、料理のレシピや歴史が折り挟まって交錯する。エジソンやキュリー夫人も登場し、放射線の誕生まで旅をする。小説らしくない小説である。ルール破りで、小説をたくさん読んできた人には、破たんした小説に思えるかもしれない。

「でもそれがなに? これが小説じゃないっていうのなら別にかまわないわ。伝えたいことがあるんだから。形式なんてなんでもいいじゃない?」

もしこの本がしゃべったとしたら、そんなふうに言いそうだ。少女のような姿をして、ちっちゃな手でスカートを握り締めて大きな目でじっとにらむのだ。わたしはその真摯な視線に自分の臆病さを見透かされている気がした。

<人間というのは目に見えないもののことを、ずっと考え続けることができないものなのでしょうか。どうして、目に見えないもののことは、みんなこんなにも簡単に忘れてしまうんだろう。>

この物語の猫はそんなふうにつぶやく。臆病なわたしはその答えを知っている。それは、忘れないと怖くて生きていけないからだ。考え続けていたら、怖くて生活を営んでいけないからだ。そうして本当の破たんがくるまで恐怖から目をそらし続けるのだ。でも、たぶん、それが動物の本来の姿だと思う。すべての動物が「今」だけを考えて生きている。動物たちは未来の死におびえることもないし、子孫の安否を憂うこともない。それが彼らの幸福の源泉でもある。だけど、人間だけが目に見えないことをずっと考え続けることができる能力を持っている。それを生かすか生かさないかは人間次第だけれども。

寒竹泉美(かんちくいずみ) HP
小説家
京都在住。小説の面白さを本を読まない人にも広めたいというコンセプトのもと、さまざまな活動を展開している。現在は自身が脚本・出演・演出をする朗読劇(2014年12月14日上演)の準備中。

さまよいの美学 ~グレート・ビューティー/追憶のローマ~

ぁ、私だ。貴君は盛り上がるパーティー会場で虚しさを感じたことはないだろうか。ふと我に返る瞬間を私は経験したことがある。若かりし頃に書いた小説で一気にスターダムにのし上がったものの、それからは1冊もものにできず、ジャーナリズムの世界で雑文(と本人は自嘲する)を書いてきた65歳の主人公ジェップ。イタリア映画として15年ぶりにアカデミー外国語映画賞を獲得した『グレート・ビューティー』では、そんな彼がローマの街をふらふらとさまよい歩く。冒頭で提示されるのは、セリーヌ『夜の果てへの旅』からの引用。「旅に出るのは、たしかに有益だ。旅は想像力を働かせる。これ以外のものはすべて失望と疲労を与えるだけだ。<中略>これは生から死への旅だ。<中略>誰にだってできることだ。目を閉じさえすれば良い。すると人生の向こう側だ」。ジェップはコロッセオ脇の瀟洒なマンションに住まい、「俗物の王」として派手な暮らしを謳歌しているようでいて、実はかなりシニカルに社会と自分を眺めている。ある日届いた初恋の女性の訃報。実は彼女について何も知らなかったのではと、ジェップのさまよいは絶望感を動力とし、そこかしこに美が宿る夢のようなローマと記憶の中の現実を巡る思索の旅へと変貌を遂げる。
 私も2年ほど暮らしたことのあるローマは、街そのものがまるでタイムマシンだ。コロッセオから、現代建築まで。どっしりとした建物が軽々と時を超える様子を目の当たりにすると、くらくらとよろめきそうになるものだ。ローマを一望できるジャニーコロの丘からカメラのシャッターを切った中年日本人観光客がそのまま心臓発作で死んでしまう導入の場面がある。短いショットが積み上げられるこのシーンの中で、"ROMA O MORTE(ローマか死か)"と石に刻まれた文字が映り、この映画が描くのが、大いなる美を求め行く人生という生から死への旅であることを改めて示唆する。
 こうして綴ってきたが、実は要約しにくい映画だ。物語の言わば切片のような映像が次々と立ち現れてはどんどん入れ替わっていく。イタリアの若き巨匠ソレンティーノ監督は、目を見張る映像美で我々を幻惑し、理性よりも感覚に直接訴えかける傾向がある。本作では、様々な建築物を含むローマという街そのものが、その手助けをしてシーンとシーンをのりづけていく。現代の退廃を描いたシニカルで絶望的な話でありながら、鑑賞後の余韻はとても心地よく、貴君はローマへ旅立ちたくなるに違いない。

(C)2013 INDIGO FILM, BABE FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA (C)Gianni Fiorito

『グレート・ビューティー/追憶のローマ』

全国公開中

監督・脚本:パオロ・ソレンティーノ
出演:トニ・セルヴィッロ、カルロ・ヴェルドーネ、サブリナ・フェリッリ、ファニー・アルダン

原題:La grande bellezza
2013年/イタリア・フランス合作/イタリア語/141分/シネスコ/カラー
配給:RESPECT(レスペ) x トランスフォーマー


野村雅夫(のむら まさお)
ラジオDJ/翻訳家
ラジオやテレビでの音楽番組を担当する他、イタリアの文化的お宝紹介グループ「京都ドーナッツクラブ」代表を務め、小説や映画字幕の翻訳なども手がける。
FM802 (Ciao! MUSICA / Fri. 12:00-18:00)
Inter FM (Happy Hour! / Mon., Tue. 17:00-19:00)
YTV (音楽ノチカラ / Wed. Midnight)

ハルミチーズのBBQ(タスマニア)

を食べないベジタリアンのBBQで、主役級の存在感を放っていた食材は「ハルミチーズ」と呼ばれるもの。豆腐のような見た目で、とろけることなくこんがり焦げる。噛むと、きゅぅきゅぅと鳴き砂のような音がする。焼いたズッキーニやナス、生野菜と一緒にトーストにのせレモンと塩胡椒をかけて。食べ応え充分。ふいに懐かしくなる味だ。

真子
スケッチ・ジャーナリスト
タスマニアと名古屋でデザインと建築を学ぶ。専門はグリーンアーキテクチャー、療養環境。国内外の町や森をスケッチブック片手に歩き、絵と言葉で記録している。
ウェブサイト

ウェブデザインを体験するの巻

回は大阪にあるデザイン事務所、ランドマークさんに行ってきました!ランドマークさんでは、課題を「企画やものづくり」を通して解決するということで、さまざまなお仕事をされています。手がけられているお仕事には、大学案内のパンフレットや歯医者さんのロゴなどのほか、愛媛県西予市にある三木江農園さんのロゴやパッケージのデザインもあります。私の故郷に近い場所なので、帰省した際には実際にロゴを見てみたいと思いました。
 ランドマークさんはアプリケーションづくりも行っていますが、そのなかで『good meeting』という求人告知サイトの制作サービスがあります。今回、そのサイトの仕組み、また実際にどういう風に活用ができるのかということを教えていただきました。
 私が方向音痴だということはこのコラムでも既に書きましたが、実はさらに重度の機械音痴でもあります(笑)。(高校が商業科だったのでタイピングだけは得意です。)サイトの仕組みを見せていただきながら、背景の色や文字の色・大きさなどを変える作業をさせてもらいました。プログラムコードやソース、iosなど聞き慣れない言葉が飛び交います。ソースは高校の授業で見たことがあったので少し懐かしく思う反面、すっかり内容を忘れていて、なんだかまた授業を受けているようにも思えました。説明を受けながら指定された場所にタグの文字を打ち込んでいくと、実際のサイトが、私の選んだ色にどんどん変わっていきます。分かりやすく教えていただいたおかげで割とスムーズにでき、なんだか自分は「デキる人」なのではないかと、錯覚していました。
 ここまでは一般の人が触ることのできない『good meeting』の裏側を見せてもらいましたが、次は実際に活用されているページを少し作り替えてみる作業をしました。私のような機械音痴でも使いこなせるよう、操作しやすいつくりになっていました。文章や写真の編集が簡単にできます。
 今まで避けて通ってきた苦手分野に少しばかり踏み入ることができたので、これを機に、もっとパソコンの操作ができるようになりたいと思いました。平成生まれにもかかわらず、機械に関しては昭和の人間のような私ですが、大学を卒業するまでには脱・機械音痴!を目標に頑張っていきます。

風戸紗帆(かざと さほ)
京都精華大学人文学部3年生(2014年4月に3年生になりました。)
文章を書くのが好き。柔道初段を持っている。ちなみに得意技は一本背負い。