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スタジオOJMMが企画編集する連載コラム、6年目となる2008年は、「建築ノオト」(全8回)。

第2回、6月号の内容は

絵描き、鈴木啓文の「古巣となるがための」
インテリアコーディネーター、ユイコの「ガーデニング宣言」
大阪ドーナッツクラブ代表、野村雅夫の「夜はのっけから目を凝らせ! ~高度成長期のミラノ~」
美術家・現在上海にて新入社員、安福真紀子の「街の変化」
(ラクガキ ~不定期掲載、編集後記的な座談会~)

4人の執筆者が、それぞれ違った視座から建築周辺の話題を綴るコラム、お楽しみください!

スバコハイツ(大阪市北区中崎西1-7-17)

鈴木啓文

絵描き
大阪
小春日和

顔写真撮影 しんやちひろ

古巣となるがための

ワタシは幼少期文化住宅で過ごした。転居して30年余経つが、とくに母親は当時のことが印象深いらしく、夢にでてくる住まいはそこだとゆう。実際そのころの両隣のかたと今もお付き合いがある。
さてこの二軒続きの長屋の向かって右側の一軒。路地に面した側には、雨樋のみならず電気なのかガスなのか配管が外壁に沿って走っている。表からは看板建築で四角くみえるが裏手に廻ると瓦屋根にはシートが覆っている。この一軒のなかに最大6つの店が入っている。ひとつの家屋だったと思われる割に、路地側から入ると廊下、階段を介してどの部屋にも直接ゆけ、そのひと部屋ごとひとつの店として独立している。ベニヤむきだしな壁など改装はやっつけ仕事にしかみえない。むしろ建物の許容量をこえた来客は階段もきしむ。雨漏りもする。はじめて店をもつ故に先立つモノも少ない若者のために、研修施設としてこの物件が設立されたかもしれないが、そんな高いところからの目線は町ゆくひとには通用しない。町を探検する女子たちは店舗であることを確かめると、ヒトんちにおじゃまするように入っていく。「かわぃぃ」「住んでみたぃ」とのたまう。真新しい商業施設の完成度とは違うものに引き寄せられている。その探検気分は一度きりだろうが、やはりくりかえし訪ねるかたがいて店として成り立つのは、それぞれの店に魅力あってこそだろう。また、商人とゆうより職人的な作家が公開アトリエ(1.5坪のなかにサンドブラストの機械を押し込んで作業してたり)を併設する店も登場し、職種年代も幅がでてくる。まあ不自由ゆえ長くは留まれず、実際現在ある店の多くは近く移転されるが、それぞれが店として成長した証でもある。でなければ、あたらしいところで移転とはならない。それを彼らは卒業と呼ぶ。
なにげなく不自由を共有し、成長期をすごしたところや仲間を誰も忘れないだろう、うちの母親みたいに。ワタシとおない年の文化住宅がいまも建っているように、ここも新しい誰かをまた受け入れて寿命を全うするのだろう。

 

ユイコ

インテリアコーディネーター
(インテリア関連メーカーショールーム勤務)
大阪

ガーデニング宣言

独身生活29年、料理経験なし。そんな男性と結婚して2年余り。夫は腕を上げた。元々几帳面ではある。その上ホテルマンという仕事柄、五感を楽しませる料理を熟知していた。但し調理方法は知らない。そんな夫が結婚を機に料理を始めた。一品から始まり、徐々に皿の数が増え、味もどんどん良くなった。その一方、初めから変わらないもの。それは盛り付け。夫の盛り付けは美しい。料理に対する皿のチョイスにもセンスを感じる。私は食器が好きだ。和皿、洋皿を上品に使いこなし、色良し、味良し、献立良しで出された日には、感動すら覚えてしまう。
そんな夫が、只今建築中のマイホームに、ガーデニング宣言。そもそもフリープランで打ち合わせてきた我が家、間取りからインテリアまで、全て私の希望を通してくれた。「有難い」の一言である。そして家の中のことがほぼ決まる頃、私は思い出した。「小さいけれど、庭があるんだった」燃え尽きた私の脳裏に過ったのは、夫の料理だった。「この人、やってみたら案外上手いかもしれない」もとはと言えば、樹木と言ったらサクラくらいしか知らない人である。しかし私の提案は意外なまでにあっさり受け入れられた。しかも、夫は妙な自信すら漂わせている。それ以来、一緒に散歩に出る度に「あの木は?」「モクレン」、「この木は?」「ユキヤナギ」という問答を繰り返している私たちである。
ガーデニングと聞くと香しいバラのアーチのように甘美なものを連想しやすいが、実際は日焼けに手荒れ、虫さされと、美しいイメージには程遠い苦労も多いとか。すっかり私の都合のいいようにインドアとアウトドアに分担された家造り。きっと夫らしい庭ができるだろう。そんな我が家は、私の職場復帰を目前にした今年秋、キンモクセイの香りと共に完成予定である。

ミラノのランドマークである大聖堂屋上からの眺め

野村雅夫

大阪ドーナッツクラブ代表、
ラジオDJ、大学非常勤講師
大阪、京都、ローマ
大阪ドーナッツクラブ
FM京都αステーション

夜はのっけから目を凝らせ! ~高度成長期のミラノ~

エスタブリッシング・ショットという用語をご存じだろうか。これから紡がれる物語がどんな空間で展開するのかを観客に手際よく提示する映像のことだ。一般的には、ロング・ショットと呼ばれる「引きの絵」が用いられ、極めて多くの劇映画の冒頭で確認できる。物語を円滑に運ぶためには不可欠な要素だが、言わば約束事なので、凡庸な監督にしてみればちゃっちゃと済ませてしまいたい部分でもある。ただし、非凡な監督の場合は話が違う。彼らは持ち前の研ぎ澄まされた感性を発揮して、この「縛り」を鮮やかに見せ場へと変身させ、のっけから僕たちを魅了してくれる。
たとえば、アントニオーニの『夜』(1961年)というフィルムがある。彼が「ディスコミュニケーション」のテーマに取り組み始めた頃の意欲作だ。舞台は、イタリアが誇る洗練された大都会ミラノ。とは言っても、当時の彼の地は、空前の好景気を背景にした建設ラッシュで、高層ビルが雨後の筍のようにお目見えした時期。主人公は、結婚10年目を迎え倦怠期にさしかかった作家とその妻。さて、問題の冒頭である。建設途中の摩天楼に据え付けられたエレベーターに乗せられたカメラは、画面の左半分に街の遠景、右半分にビルの壁面を映しつつ、自身は不動のままにじわじわ下降しながら、急くように変わりゆくミラノを淡々と見つめる。しかし、ここに仕掛けがある。そのビルがガラス張りになっていて、そこにも街の鏡像が揺らめきながら映りこんでいるのだ。矮小化された人間たちと広大無辺な都市。資材を宙づりにしたクレーン。異なる二つの視野を孕んだ不思議なスクリーンは、サウンド・トラックを彩る不気味な音色の現代音楽と相まって、これから生起する主人公たちの心象風景の雄弁な予告編となる。
ちなみにこの作品では、後半に登場する資産家の迷宮めいた別荘も見もので、この名匠が街と建築を舞台としてではなく俳優として扱う術を心得ていたことがよくわかる。

街のあちこちで、古い建物は壊され、高層ビルが建てられていく。

安福真紀子

美術家、現在上海にて新入社員
ドイツから上海へ
デザイン事務所スペクテリー
アート&グラフィック&各種デザイン

街の変化

オリンピックに向けてのお祭りムードは吹き飛んで、メデイアは四川大震災のニュース一色だ。自分は神戸出身なので、今回の震災には、思うところが多い。テレビで、おじさんが「俺の家族はだれも死ななかった。だけど、だけど、おれの村、故郷は、無くなっちまった」と泣き出す姿があった。この故郷を突如として失うことの辛さ、その喪失感は想像以上だ。失われた風景は、もどかしいほど記憶から薄れていく。
地震がなくても街は変化するだろう。空き地がショッピングセンターや道路になっていくこと、古い家が壊され新しいビルが建っていくこと。あまりのめまぐるしすぎる景観の変化には、どこか痛みを感じざるを得ない。現在、上海は、たいへんな建築ラッシュだ。驚くべき早さで、中心街から生活の染み着いた古い長屋や住宅が消え、判で押したようにスターバックスかコンビニの入った高層ビルが建てられる。自分のような他所から来た人間には、安心だったり、便利なことではある。一方で、環境の変化を否応なく迫られるもとからの上海人は、このとてつもない変貌をどう受け止めているのだろう?彼らの私的な記憶を思い起こさせる場所は、どこかに残っていくのだろうか。
時を経ても変わらない風景や建築の存在は、個々の思い出をあたたかくよみがえらせると思う。また、時間の重みがくっついた物、建築、町並み、樹木、なんであれ、そういう物には新しい物にはない魅力がある。そんな物がもっと大切に扱われるようになればいいなと切実に願う。

今回は難波千日前にある「季節料理 縁」にお邪魔しました。

参加者:
野村雅夫
有北クルーラー(大阪ドーナッツクラブ)
牧尾晴喜(スタジオOJMM)
森本光亮(スタジオOJMM)

ラクガキ ~不定期掲載、編集後記的な座談会~

(一同、乾杯を済ませて料理に舌鼓。何となく座談会が始まる。)


牧尾: 野村さんは、このコラム3年目になりましたね。

野村: そうですね、早いです。

森本: 毎月書くのは、大変じゃないですか?

野村: まあ、なんというか、習慣になりましたね。これがないと調子が狂う、という感じです。

牧尾: 分量はどうでしょう? 去年までは500文字でしたが、今年は大体800字で書いてもらっています。

野村: 去年までも、むしろ「削って」500文字にしてましたし、問題ないですね。一度書いてから、どんどん引き算という感じで。読んでもらったら分かりますが、去年までの僕のコラムは、大体500字ギリギリでした。(笑)

有北: ところで、この連載、昔はフィールド・ワークでしたよね?

森本: そうです。学生と一緒に面白い場所を探してましたね。まあ、当時は自分たちも学生でしたが。

牧尾: 翻訳勉強会やフィールド・ワーク、色々と試験的にもやりながら通算6年目ですね。今のハイブリッド・コラムのスタイルになってから、3年目。また少し形を変えたりはするでしょうね。

森本: 野村さんご自身も、最近は新しい活動が多いですよね。DJとか。

野村: ラジオでは、「オン・エア」の難しさがありますね。言葉にも気を遣わないといけないですし。

森本: 他には、今月(2008年6月)末に本も出るとか?

野村: 『誰もが幸せになる1日3時間しか働かない国』というタイトルです。ドーナッツクラブが注目してきたイタリアの映画監督がいまして、彼が書いた大人向けの寓話を翻訳したものなんですよ。仕事や時間の使い方に関して目から鱗の話が続出…、まあ、詳しくは本を買って読んでいただくとして。(笑)

牧尾: そんな多様な活動の影響で、コラムも一層充実してくると期待しています。それでは、今年もよろしくお願いします。


(座談会、何となく終了。一同、引き続き食事を楽しむ。)

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