コア・OJMMで旅行してみた
現地の友達の結婚式があって、デンマークへ。
ついでに色々見て回ろうということで、建築仲間と一緒に、ヨーロッパ4人旅となった。
コペンハーゲンは、1年半ぶり。
前は冬だったので、夏に来たのはすごくよかった。
空港に、現地の友達、ピアが迎えに来てくれてた。
その後は、いきなり、どっぷりとデンマークにつかる。
広いピア宅に4人で泊めてもらい、毎食、基本的には英語。
で、現地の友達20人ぐらいが来て、ホーム・パーティとか。
皆、
「私は、英語を喋るのは苦手なのよね。読み書きの方が、割とできるわ。
だから、会話は、ゆっくりめでお願い。」
ぐらいは、スラスラと英語で喋れるレベル。
他の3人には、来るときの飛行機で、デンマーク語の挨拶も特訓した。
これが、功を奏したみたい。
なんとなく、仲良くやってる。
最初の2日で、Oは酒の力も借り、すっかり馴染んでいる。
対照的にJは、「ストレスで奥歯が痛い」と、早くも自覚症状を訴える。

折角だから、ガイドブックに載ってないような場所に行こう、となる。
ピーターからのアドバイスは、
「クリスチャニアなんかどうだ?
ただ、ヤバイ場所だから、写真は絶対ダメだ。
見えないように、カメラはしまっとけよ。
特に今は、取り壊しをするかもって時期だから、余計にピリピリしてるんだ。」
「何かあれば、他のメンツを見捨てても逃げてもよい」
と皆で約し、コペンハーゲンで最もバイオレンスジャックな、クリスチャニアへ。
街で見かければ絶対に目をそらすような風貌の人たち、使い方の検討もつかない様々なグッズを目の当たりにしながら、何とか死者は出さずに済む。
この翌日、Jには、"日本語で喋っているのに、デンマーク語を交えて噛む(「舌が回らない」、の意)"、という他覚症状が出る。

デニッシュ・ウェディングに参加。
新郎はデンマーク人で、新婦はアメリカ人(両親はアルメニア人とフィリピン人)。
2人は、オーストラリアで留学中に出会った。
とまあ、ちょっとややこしい、デニッシュ・ウェディング。
教会の式では、神父さんが時折英語を交えて喋る。
ディナーは、夕方6時スタート。
アメリカ人が何人かと、日本人が1人いるので、時折英語交じりで喋ってくれる。
スピーチ、替え歌、食事、またスピーチ、みたいな順番で進んでいく。
写真は、新婦(3姉妹)の姉妹が漫談ちっくに喋っているところ。

デンマークの結婚式だけの、「伝統」がある。
長いディナー中、何回か、新婦はトイレに席を立つ。
すると、会場の女性全員が列になって、順番に新郎にキスをしていく。
逆も同じで、新郎がいない間は、男性が新婦にキスをする。
まあ、初めはイタズラか何かで始まったんだろうけど、ちょっと面白い習慣。
夜中、ハート型の紙が配られて、みんながメッセージを書く。
この時点で、既に12時前!
12時を過ぎれば演奏が始まって、朝まで踊る、という盛りだくさんの内容。

結婚式は郊外の町であったので、残り3人をコペンハーゲンにほったらかしだった。
Jとか、淋しいウサギのように死んでないだろうか。
と心配してたけど、すっかり馴染んでる。
この頃にはちゃんと、ミディアム・ハングリー、キャンドル・プレイヤー、ブーブ・レイダー、と、あだ名もキャラ立ちしてたし。

デンマークでは、ヤコブセンの椅子に座ったり、ベアスヴェドの教会(J・ウッツォン設計)、に行ったり、って感じ。
街を歩いてると、ほぼ毎日、卒業パレードに出くわした。
高校生の「卒業パレード」のシーズンで、彼らはバスに乗ってる。
デンマークでは、ビールは16歳から飲めるので、酔っ払って楽しそうに叫んでる。

最終日、ピアが、空港まで見送りに来てくれた。
飛行機に乗り込むと、「基礎」を練習してた行き道とは違って、皆、喋らない。
窓の外を見ながら、やや上目がちにしてたりする。
ちょっと前には、「ストレスで…」とか言ってたのに。
ややセンチなメンバーを乗せて、飛行機はスイスへ向かう。
この飛行機、着陸ができず、「死ぬかも」と思った。
地面がすぐ近くになって、
「お、もう着地だな。」
って瞬間に、急浮上。
一瞬ざわつく機内に、やや息の荒い機長からの放送。
「天候がよくないので、安全策で、別ルートから行く」
天気は快晴。
どう考えても、あんな急浮上の方が、よっぽど危ないと思うのだが。
で、20分後ぐらいに、再び着陸にチャレンジ。
どう考えても、さっきと同じルートでチャレンジしてる。
うつむいて祈ってる人とかいるし。
祈りが届いたのかどうか、飛行機はチューリヒに到着。
機長は、記念写真を撮ってた。
バージン・フライトだったのかなあ?
まあ、最初で最後のフライトにならなくてよかった。

チューリヒでは、到着早々にヤク中の女の子とか見て、メンバーにショックが走る。
スイスだけに、あだ名は「しろパン」。
しろパン、今はどうしてるのかなあ。
チューリヒの旧市街を後にして、首都ベルンへ。
ユースでビールを飲んでくつろいでるところへ、友達、プリスカとカレンがやって来る。
この奇襲攻撃に、3人は完全にやられたみたい。
デンマークであれだけ「どっぷり」だったのに、またマゴマゴに戻ってしまった。
熊公園の上のバーでビールを立ち飲みしてる間に、そんな緊張もなくなったみたいだけど。
ベルンの夜の街には日本人が全くいなかったので、自分たちは、すごく目立ってた。
なぜかハイジの話になったんだけど、プリスカとカレンも、知ってた。
「スイスが舞台で、ハイジって名前のコの話?
そういうアニメ、ドイツ語で観たことあるわ。
男の子は、ペーテル、よね。
家庭教師は、何かややこしい名前の人だったわ。
そうそう、よかったわよね、クララが立つ場面。」

ベルンでバスに乗り、アトリエ5設計のハーレンジンドルンクと、タルマット集合住宅へ。
建築やってると、一般の住宅を見に行くことが、割とある。
で、怪しまれたりすることも。
で、個別にウロウロしてたんだけど、ふと下を見ると、Jが、上半身裸の男に捕獲されてる!
「見捨てるか?」
皆で、アイ・コンタクト。
多少の犠牲は仕方ない。
が、なんか長期戦っぽいので、様子を見に近づいてみる。
この軍曹、実はいい人で、
「この建物、色んな人が見に来てるよ。よかったら中を見ていくか?」
素晴らしいオファーに飛びついた。
もちろん、出された水は、Jが飲む様子を確認した後で飲んだけど。

スイス・フランス・ドイツの国境にある街、バーゼルへ。
ライン河で泳いだり、Jのカニ歩きを見て楽しむ。
ここから、フランス、ロンシャンへ。
ロンシャンには、ル・コルビュジェの代表作の教会がある。
彼は、スイスのお札にも印刷されている有名な建築家。
フランスでも、中学校ぐらいの教科書に出てくるらしい。
中に入ると、不規則な窓から光が入ってくる。
幻想的だったけど、冬の低い光だとさらに綺麗なのかなあ。

次に飛行機を降りたのは、オランダ、アムステルダム。
MVRDVの集合住宅は、見つけるのにちょっと苦労した。
が、行った甲斐があった。
想像してたよりも、住んでる人の生活が、馴染んでる。

次は、ユトレヒト。
シュレーダー邸へ。
ガイド付でしか内部の見学はできない。
それもそのはず、ここは、ウエスタンな忍者屋敷って感じ。
「このドアを折りたたんでこうすると、ここをテーブルに使えます。」
って感じで、ガイドさんが進める。
途中で、
「あれ?この間仕切り、動かないわねえ。たまに、こうやって壊れちゃうのよ。」

見学を終えて、シュレーダー邸から出てくる。
ん?
今度は、Mが、ちょっと太ったリチャード・ギアに捕まってる。
「俺は投資家だ。ウチに来ないか?」
と、胡散臭さ120%だ。
「何かあったら、ボコボコにして逃げよう。」
と確認して、リチャード宅へ。
リチャードの飲み友達も交えて、ハイネケンを飲む。
おっちゃんらは、結構、いい声で歌ってた。
ちなみに、ここでも、Jに先に毒見をさせている。
帰る時になって、リチャードが「タクシーで送るよ。」って。
いいとこあるやん。
で、待ってると、リチャード、大きな荷台付の自転車をこいで来る。
一瞬、わが目を疑った。
これは、所有物なのか拾ってきたのか?道路を走っていいのか?
とか、いくつも疑問がわいて来る。
とにかく、3人はこの荷台に、1人はリチャードのチャリを借りて出発。
ユトレヒトの街の人たちも、みんな振り返る。
確かに、車に混じってこんなんが走ってきたら、ビックリするよなあ。

ロッテルダム、OMAへ。
OMAは、世界で最も有名な設計事務所の1つ。
知り合いの好意で、案内してもらった。
案内してくれた所員の言葉。
「これが、今やってる北京のプロジェクトの模型よ。
あれ?この部品、どっかいっちゃってるわね…
まあ、どこでもある話よね。
いつも、締切前はドタバタ。"ボス"が来てやり直して、
結局、最初の案に戻ったりして、って感じ…
まあ、どこでもある話よね。」
下の写真は、ユトレヒトにあるOMA設計の建物。
曲がってるコンクリートで話題。

オランダからは、電車でパリへ。
到着早々死体を見たりして、またもやショック。
パリでは、あんまし期待してなかった国立図書館、かっこよかったなあ。
行った時間もよかったんだろうけど。
図書館が閉まって、日が沈みかけの頃。
ロンシャンでも感じたんだけど、建築や空間の話をしてると、Jのセンスには感心する。
MはMで、CGのデザインで使えるテクスチャーをデジタルに取り込んだりしてるし。
Oは早速、研究室に持って帰るための土産を段取りしてたりする。
ほんと、皆、すげえもんだと感心。
自分も色々と勉強なり練習なりしてはいるが、やっぱ、「こいつには勝てないな」って部分がある。
ちょっと悔しいけど、「各自のそういう色を出して、何かやってけたらな」、とか思ってた。
ユニットになれば、こんなに心強いもんはない。
何より、このメンツなら、最高に楽しい。
そんな、パリの夕方。

パリ周辺では、ラ・デファンス、ラ・ビレット公園、サヴォア邸、などへ。
サヴォア邸に向かう時には、やはり坂道を登らされる。
「コルビュジェはサド説」が、自分たちの間で有力になる。

安ホステルに3人を残し、自分は友達がいるレンヌ行きのTGVに乗る。
3人は初めてのパリを堪能するために残り、自分は2度目なのでレンヌへ、って選択。
それにしても、ホームの3人、不安そうだったなあ。
レンヌから、念願のモン・サン・ミッシェルへ。
朝早めに出たけど、やっぱ夏なんで、日が昇るにつれて、ドンドン混んでくる。
実際に中を歩いてみると、イメージしてたよりも、だいぶ複雑。
長い時間をかけて作られてきてるのが、実感できるからだろうなあ。
ほんと、ここは来といてよかった。
さらに友達の車で、サン・マロへ。
ここも海が綺麗。
暑かったんで、その辺のアイス・クリーム屋でアイスをいただく。
これがまた、ウマイ。

レンヌは、木組みの古い建物が残る、小さくて落ち着いた街。
雰囲気がすごくいい。
昔からのパン屋なんかがあって、気持ちが和む。
友達の車で、近くのフジェールへ。
昔の要塞で、色々な時代の様式が混じって建てられてる。
あんまり観光客がいないのも、情緒があっていい。
写真は、気まぐれ猫の、アーちゃん。
友達がご近所から一時的に預かってた。
気まぐれのくせに、布団を温めてくれる。

ちょっと違ったフランスを堪能して、パリへ。
どうやら自分がいない間に、OとMが、極限のサバイバルから、スタンドを発動させていた。
オシャレ紀行だったはずが、奇行が目立つ奇妙な冒険に。
2人は、ジョセフばりの念写や、ブチャばりの移動術を見せる。
「海外では、日本ではしないこともする。本には書けないこともある。」
とかなんとか、高松伸も書いていた。
彼が「書けない」ということが何かは分からないけれど、それと同じぐらいのレベルのスタンド使いにはなってたと思う。
そんな一行の次の目的地は、ベルギー。
アントワープで降りると、街行く人がみんなオシャレでビックリした。
さすが、ファッション基地!
ダイヤ商人も、やたらと多かった。
アントワープのノートル・ダム大聖堂。
日本では有名なアニメの、「パトラッシュ、僕、もう疲れたよ・・・」のシーンの舞台。
愛犬家のMは、ちょっと感慨深げ。

アントワープにも、少し歩くと通称「アンティーク通り」がある。
普通の道なんだけど、アール・ヌーヴォの家が並んでる。
この通りで一番気に入った家は、設計事務所だった。

ブリュッセルでは、世界遺産のグラン・プラスでサンドイッチを食べる。
グラン・プラス近くにある小便小僧は、「世界3大がっかり」の名に違わぬ小ささ。
知らなかったら、見過ごすな、これは。

オルタ邸は、行ってよかった。
ありとあらゆる部分が、アール・ヌーヴォ。
見つけるのにちょっと苦労したけど、かなり感動。
帰りの電車に間に合うように、オルタ邸から駅まで死ぬほどダッシュした。
走りすぎで、ちょっと気分悪くなった。
トップは、もちろん、陸上で鍛えたO。
オルタ邸-ブリュッセル駅間の暫定世界記録、1位から4位までは、コアOJMMが保持してる。

色々あったコア・OJMM旅行。
とにかく面白かったし、ネタには事欠かない旅だった。
このメンツで行けるのは、次は、慰安旅行かな。
さあて、どこに行こうか。
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